Pファンク徹底解説5 パーラメント「ファンケンテレキーVSプラシーボ・シンドローム」①
ファンケンシュタイン、スターチャイルドの前に最大の敵「サー・ノウズ」が立ちはだかる。
エンテレキーとは。プラシーボ・シンドロームとは。そして「サー・ノウズ」と、あの国民的漫画作品との関係とは。
サー・ノウズ・ディヴォイドオブファンク
最大の敵が現れた。1975年の『マザーシップ・コネクション』では、ファンクの伝道者スターチャイルドが地球のラジオ放送を電波ジャックし、翌76年の『ドクターファンケンシュタイン』では、クローン技術でファンク人間を量産する黒幕、ドクター・ファンケンシュタインが登場。そしてスターチャイルドまでもがこの男のクローンであると判明。
そして1977年、ライブアルバム『ライヴ!! Pファンク・アース・ツアー』を経てリリースされたのが今作、『ファンケンテレキーVSプラシーボ・シンドローム』です。
本作には、ドクター・ファンケンシュタインとスターチャイルドにとって、最大の敵が登場します。それが「サー・ノウズ・ディヴォイドオブファンク」。彼はとても特徴的な外見をしています。鼻が長いのです。
本アルバム付録のポスター。僕の持っている中古盤には入ってなかった。レコードのライナーに「MITSUHIKO」って書いてあったので、多分MITSUHIKOのところにあるのだろう。MITSUHIKOめ。誰だ。
それは彼の名前の後半、「ディヴォイドオブファンク」の部分にも現れています。「devoid of funk」、つまり、ファンクが欠落しているのです。彼は歌詞の中に登場し、こう語ります。
I am Sir Nose’d
D’Voidoffunk
I have always been
Devoid of funk
I shall continue to be
Devoid of funk
Starchild
Starchild
You have only won a battle
I am the subliminal seducer
I will never dance
I shall return, Starchild
私はサー・ノウズ・ディーヴォイドオブファンク
これまでもファンク皆無だったし
これからもファンク皆無であり続ける
なあ、スターチャイルド
スターチャイルド、
貴様は戦いに勝っただけだ
私は潜在意識の誘惑者
私は踊らない
必ず戻ってくるぞ、スターチャイルド
優れた物語には、優れた敵役が欠かせません。『マザーシップ・コネクション』から数えて3作目、「全宇宙ファンク化計画」を遂行するスターチャイルドとドクター・ファンケンシュタインの前に、ついに最大の敵が現ました。さあ、これで役者は揃った。ドクター・ファンケンシュタインの一派VSサー・ノウズ一派の壮大な戦いの物語が始まるのです。D’Voidoffunk
I have always been
Devoid of funk
I shall continue to be
Devoid of funk
Starchild
Starchild
You have only won a battle
I am the subliminal seducer
I will never dance
I shall return, Starchild
私はサー・ノウズ・ディーヴォイドオブファンク
これまでもファンク皆無だったし
これからもファンク皆無であり続ける
なあ、スターチャイルド
スターチャイルド、
貴様は戦いに勝っただけだ
私は潜在意識の誘惑者
私は踊らない
必ず戻ってくるぞ、スターチャイルド
さて、この「サー・ノウズ」、日本に住む誰もが知る、あるキャラクターと関係があります。彼です。
差し当たってはまず、ある小説を紹介しなくてはなりません。
マンボ・ジャンボ
あいつはマイ・マザーファッカーだ!
彼が書いた『マンボ・ジャンボ』、あれこそファンクだよ。
あの小説に出てくる“ジェス・グルー”はファンクを象徴したものじゃないかな。同時代だから、インスパイアされたというわけじゃないが、共感してやまない
イシュメール・リードについて、ジョージ・クリントン
丸屋九兵衛 「丸屋九兵衛が選ぶ、ジョージクリントンとPファンク軍団の決めゼリフ」より
「紹介しなくてはならない小説」とは、ジョージ・クリントンが「あれこそファンクだ」と絶賛する作品、『マンボ・ジャンボ』です。『マンボ・ジャンボ』は、日本を代表するPファンカーである丸屋九兵衛氏が、自著のなかで「私の本を質に入れてでも入手して読め」とまで断言する、Pファンカー必読の作品なのです。彼が書いた『マンボ・ジャンボ』、あれこそファンクだよ。
あの小説に出てくる“ジェス・グルー”はファンクを象徴したものじゃないかな。同時代だから、インスパイアされたというわけじゃないが、共感してやまない
イシュメール・リードについて、ジョージ・クリントン
丸屋九兵衛 「丸屋九兵衛が選ぶ、ジョージクリントンとPファンク軍団の決めゼリフ」より
『マンボ・ジャンボ』 初版
というわけで、サーノウズの話かと思ったらワンピースの話が始まると見せかけて、何について語るのかと思ったら、日本ではほぼ誰も知ってる人がいないアメリカ文学の話が始まります。今回はいつにも増してSWINGした脱線をしていますが、例によってこの辺重要なのでお付き合いください。
この作品はアメリカの黒人作家イシュメール・リードによって、1972年に発表されました。ただこの本、予備知識がないとめちゃめちゃ読みにくいです。まずはこの作品、『マンボ・ジャンボ』について説明します。
西洋中心の価値観に対する反抗
お前の選挙なんて糞食らえ!わからないのか、このジェス・グルーが流行したら、「俺たちの知る文明」は終わりだぞ。
「マンボ・ジャンボ」より
物語はハーディング大統領の時代、1920年代のアメリカに、謎の奇病「ジェス・グルー」が蔓延するところから始まります。「マンボ・ジャンボ」より
ジェス・グルーは人種・性別を問わず人から人へ伝わる感染症で、「一つの地域で患者が出たと思うと、また別の地域でも流行り始め」るものでした。ジェス・グルーの症状は極めて特異で、感染したものは「抑えようのない熱狂」におちいり、魚のように体をくねくねさせたり、いやらしく腰を振るダンスを踊り出すというのです。
ジェス・グルーは、それ自体が「あるひとつの意思」を持った現象でした。それは「聖典」とひとつになるべく、人から人の間を媒介し、アメリカを彷徨っていたのです。
太陽神(アトン)崇拝者らによる団体「壁の花教団」は、ジェス・グルーの正体を知っていました。そしてこの事態の収束を、テンプル騎士団の生き残りであるヒンクル・フォン・ファンプトンという男に依頼します。
そして、ジェス・グルーの正体を知る男がもう一人いました。その男こそが本作の主人公です。彼はハーレムに住むヴードゥー教の司祭・兼・探偵で、名をパパ・ラバスといいました。パパ・ラバスは相棒ブラック・ハーマンとともに、ジェスグルーの動向を追います。
まあ、「はぁ?」だと思いますが、少々お待ちください。本作の登場人物、ヴードゥー教探偵のパパ・ラバスは、作中でこのジェス・グルーについてこう語っています。
ニューオーリンズで始まったジェス・グルーがシカゴまで達した。やつらはこれを疫病と呼んどるが、実際のところ、これは疫病の反対じゃ
ニューオリンズといえば、言わずと知れたジャズ発祥の地。イシュメール・リードは、ルイ・アームストロングなどのジャズミュージシャンの言葉を引用しながらこの「ジェス・グルー」を描くことで、この疫病を、1920年代当時まさにアメリカを席巻していた「低俗な、黒人由来の」社会現象である、「ジャズ」と重ね合わせて描いているのです。そして、ジェス・グルーを巡る謎、壁の花教団とテンプル騎士団の関係、ヴードゥー教の「秘術」の謎は、やがていにしえのエジプト文明へとたどり着き、「リズム」をめぐるひとつの真実を暴き出していく・・・という、痛快かつとてもぶっ飛んだストーリーです。
1921年のジャズ・ミュージシャン(Wikipediaより)
ほんとに面白い本なんですよ。読みにくいけど。
テンプル騎士団
先にも述べたように、ヒンクル・フォン・ファンプトンはテンプル騎士団の生き残りなんですが、ここで「騎士団」について説明します。
騎士団とは、11世紀にカトリック諸国がイスラム教徒を制圧して聖地エルサレムを占領した、いわゆる「十字軍の遠征」のあと、敵(=イスラム教徒)に周囲を囲まれた地理的条件にあるエルサレムに留まり、警護に当たった修道士であり兵士です。
Wikipediaより、1142年のヨーロッパの地図。ちなみにエルサレムには3つの宗教にとっての聖地があり、基本ずーっとモメている。詳しくはWikipediaでも。「3つの聖地」は以下の通り。
①キリスト教の聖地「聖墳墓教会」。キリストが磔にされた、ゴルゴタの丘のあたりに建てられた。
②ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」。ローマ帝国に破壊された神殿の、残存する一部。
③イスラム教の聖地「岩のドーム」。ムハンマドが天使に連れられて触れた「聖なる岩」を祀る。
最後のテンプル騎士団総長、ジャック・ド・モレー(Wikipediaより)
と、史実はこんな感じです。陰謀論では、このテンプル騎士団の残党がのちにフリーメイソンになった・・・というのが定番ですが、そこにはあえて触れずにおきます。それよりも『マンボ・ジャンボ』です。『マンボ・ジャンボ』に登場する敵役、ヒンクル・フォン・ファンプトンは、このテンプル騎士団の生き残りだというのです(その場合軽く1000歳を超える計算になりますが、そこにも秘密があるので気になる人は読んでみましょう)。
さて、ジョージ・クリントンがこの『マンボ・ジャンボ』に大きな影響を受けていたことは先に述べました。というより、当サイトでずっと紹介してきた 「Pファンク神話」がほぼ、この小説の丸パク・・・いや、サンプリングなのです。
Pファンクと「マンボ・ジャンボ」
Pファンクと『マンボ・ジャンボ』はよく似ています。パパ・ラバスはドクター・ファンケンシュタイン。その相棒ブラック・ハーマンはスターチャイルド。もちろん、「感染すると踊らずにはいられない」ジェス・グルーは、ファンク。さらにここに、「ファンクは万病に効く」というジョージの哲学を重ねてみましょう。先ほど挙げたパパ・ラバスの発言にはこうありました。「やつらはこれを疫病と呼んどるが、実際のところ、これは疫病の反対じゃ」。そう、ジェス・グルーも万病に効く。全ての符合が一致するのです!
そして今回のアルバムで登場した敵役、サー・ノウズ・ディヴォイドオブファンクをマンボ・ジャンボの登場人物に置き換えると、その立ち位置はヒンクル・フォン・ファンプトンにあたります。この二人の名前の「長ったらしさ」に似た印象を感じたならば、あなたの勘はとても鋭いといえましょう。
ユーグ・ド・パイヤン、ロベール・ド・クラオン、ジャック・ド・モレーなど、テンプル騎士団の歴代総長はみな、名前の真ん中に「ド」が入ることで知られます。主にフランス系の名前に由来するこの「ド(de)」は、欧米の文化圏では貴族っぽい高貴な印象、または男性的で強い印象を持つもので、たびたび「D’」と省略され、名前に用いられます。
R&B好きにはお馴染みの二人。Terence Trent D’Arby と D’Angelo
2度目の登場。この「ドン!」っていうやつを活かせた気がする。
サーノウズの名前の後半、「ディヴォイドオブファンク」が「devoid of funk」、つまり「ファンクの欠落」を意味することは先に述べました。しかしジョージはそこにさらにひねりを加え、彼の名を「D’Voidoffunk」とし、そこに「Sir」を足すことで、彼を「高貴でフランスっぽい響きの名前」に作り変えてしまいました。そしてそれは同時に、マンボ・ジャンボに登場するアンチ・ファンク野郎、もとい、アンチ・ジェス・グルー野郎、「ヒンクル・フォン・ファンプトン」へのオマージュでもあったのです。
そして次回、ついにアルバムの内容に踏み込んでいきます。
ファンケンテレキーとプラシーボ・シンドロームの意味するものは一体何なのか。
ジャケット写真に隠された秘密とは。
次回、来週公開予定!